庭園日誌をご覧の皆様、こんにちは!
スタッフの【はしもと】です。

最近はずいぶん冷え込むようになってきましたね。落ち着いた色合いになっていく人々の装いと反比例するかのように街路樹の彩りも鮮やかになって参りました。私はキンモクセイの匂いに街が包まれるこの季節が一年間の中で最も好きです。(秋は美味しいものも多いですし…天高くはしもとも肥える秋ですね。)
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10m以上の樹木が水を吸い上げる仕組み



身近な科学


鍋で鼻水


さてさて、本日は身近な場所の科学に迫っていきたいと思います。当たり前のように見えている事でも、実は世の中には非常に複雑なメカニズムで科学的に成り立っていることがたくさんあります。

例えば、熱々のお鍋を食べたとき時、風邪を引いたわけでもないのに鼻水が出る経験をしたことがある人がいるのではないでしょうか。実はこれは偶然でもなんでもなく、体の防御反応のひとつなんです。

熱々のものを食べる時、鼻に湯気が入ってくると、鼻の中の神経は「熱い!」という刺激を受け取ります。すると、鼻水を出してその熱を冷まそうとします。言うなれば鼻の粘膜が汗をかいているような状況です。

気にも留めていないようなことにも科学的な根拠があるというわけです。

最近読んだ記事によると10m以上の深さの井戸では水をくみ上げることはできないそうです。これは、大気圧が働いているからです。大気圧の働きによって、自然界では圧力をかけたり何らかの動力を使用したりしないと、水を10m以上持ち上げることはできません。

ここで、ふと疑問に思いました。10mを超えるような木はたくさんあります。ギネス記録に乗っている世界で一番高い樹木はなんと115mもあります。しかも木には、動物が持つ心臓のような、ポンプの働きをする自発的に動く器官はありません。では、木はどのようにして水を大気圧に逆らって水を吸い上げているのでしょうか?

ということでずばり、今回のブログのテーマは

樹木は水をどうやって10m以上吸い上げるかです!

浸透圧とは?


ナメクジに塩の図

ナメクジは塩をかけると縮むということを、みなさんご存じでしょうか?(筆者はこの話を聞いた時、どうしてもそれが本当か確認したくてナメクジを探し回ったことがあります。その時に丁度塩がなかったのでナメクジに砂糖をかけました。今思い返すとろくでもない子供時代でした)。

実はそれ、「浸透圧」によるものなんです。

ナメクジの体は90%以上が水分でできており、体の表面は皮膚の代わりに「半透膜」と呼ばれるうすい膜で覆われています。この半透膜は、皮膚に比べて水を通しやすく、一定の大きさ以上の物質を通さないという性質があります。

濃度の違う食塩水を半透膜で隔てると、濃度の薄い食塩水から濃い食塩水へと水が移動していき、いずれは両側の濃度が等しくなります。実はこの時、等しくなっているのはイオンの濃度です。この、両側のイオン濃度を均等にするための圧力浸透圧と呼びます。

ナメクジに塩をかけると、ナメクジの粘膜に塩が溶けて高濃度の塩水が生まれます体の90%以上が水分でできているナメクジの体液と、生まれた塩水では塩水のほうがはるかに濃度が高いため、浸透圧が働いて体の外にどんどん水分が排出されていき、ナメクジの体は縮んでしまうという理屈です。(浸透圧は漬物や梅酒をおいしく作るためにも利用されています!)

樹木が水を吸い上げる仕組み



先ほどまでは浸透圧について説明させていただきました。

このブログの読者の皆様ならもうすでに分かっているかもしれませんが、樹木の浸透圧を利用して、水分や養分を吸収しています。(私たちの細胞もこの浸透圧を利用して、物質の受け渡しを行っています。)

根の表面の細胞のイオン濃度が、根の周りの土壌の水分や養分のイオン濃度よりも濃ければ、根の表面の細胞は水分や養分をどんどん取り込んでいきます。すると、根の表面の細胞と根の中心側に近い細胞では細胞内のイオン濃度に違いが生まれます。
根が水を吸い上げる

▲浸透圧が働き、水が根の中心に移動していく際の模式図
水分をたっぷり含んだ外側の細胞の方がイオン濃度が低くなるため、より根の中心部に近い細胞へと浸透圧によって、水分と養分が移動していくという寸法です。(土壌と細胞の間で浸透圧の差がなくなると吸収が自動的に止まるようになっています。よくできたシステムですよね!)

もう賢明な皆様ならお気づきかと思いますが、吸収するときの浸透圧だけでは水分と養分を吸収するだけで、樹木の上へ向かって吸い上げることはできません

実は樹木が水を吸い上げる機構はまだわかっていない部分も多いのですが、現在は大きく分けて①根圧②毛細管現象③水の凝集力④蒸散という4つの仕組みがあると考えられています。

それぞれについて詳しく説明していきたいと思います!


根圧



浸透圧によって、根の中心には、土壌から吸収した養分や水分が集まってきます。根の細胞では、吸収された水分によって水圧が高まっています植物内の浸透圧と土壌の浸透圧の差根圧と呼びます。

道管内に水を押し上げようとする根圧は、大気圧よりも大きな圧力であることがわかっています。大気圧は0.1mPaほどであるのに対し、根圧はどの植物でも平均して0.1~0.3mPaほどです。(0.1mPaの圧力で水を10m持ち上げることができるため、根圧によって持ち上げれる水の量は概ね10m~30mということです!)


毛細管現象



この現象の名前を、どこかで目にした読者様もいらっしゃるかもしれません。(理科の授業でおなじみですね!)
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(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E7%B4%B0%E7%AE%A1%E7%8F%BE%E8%B1%A1より引用)


毛細管現象(毛管現象)
細い管を液体の中に立てると、液体が管内を上昇して外部の液面より高くなったり、あるいは下降して低くなったりする現象

▲日本百科全書より引用


この現象は液体の表面張力によって引き起こされる現象です。(詳細はhttps://site.ngk.co.jp/lab/no45/というサイトを見て下さるとわかりやすくまとめられています!)


日常的にも目にしやすく、例えば筆の先に墨汁を付けると筆に墨汁が染みこんだり、そうめんを食べていると、食べ進めるにつれて麺つゆが少なくなっていたりするのも実はこの毛細管現象によるものです。

樹木の内部にある、水の通り道である道管は非常に細い管状の構造(=毛細管)であるため、毛細管現象によって、根が吸収した水分は吸い上げられていきます。しかし、毛細管現象だけでは数十mにもなる樹木に水を吸い上げることはできないことに留意しておきたいところです。


水の凝集力



凝集力…?なんだか見慣れない言葉ですよね。この言葉を説明するには、少しだけ高校生の時に学んだ化学のお話をさせて下さい。
極性分子無極性分子

「極性分子」という単語をご存知でしょうか?これは高校化学で学ぶ言葉で、分子全体としてみたときに電荷の偏り(=共有電子対がどちらかの分子に偏ること)がある分子の事を極性分子と呼びます。極性分子の例としてはアンモニア」、「塩化水素」、「水」などが挙げられます。

少し露骨な誘導だったでしょうか(笑)

いらすとや水分子

水の分子はミッ〇ーマウスに似た形をしていて、ちょうど顔の部分が酸素原子で耳の部分が水素原子のような配置をしています。水は極性物質であるため、電荷に偏りがあります。

水分子の中では水素原子が持っている電子が、酸素原子の方に少しだけ引き付けられています。(つまり、水分子ではプラスの電子はミッ〇ーマウスの耳の方に、マイナスの電子は顔の方に少しだけ多く分布しているということです)

水分子同士はプラスの部分とマイナスの部分で引き付け合います。この、水分子同士がくっつきあう力凝集力といいます。水の凝集力はとても大きな力で、道管のような細い管の中だと-0.5~-3.5mPa(50m~350m吸い上げることができるだけの圧力)の圧力がかかっているということが分かっています。


蒸散



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夏の暑い日に、木陰に入ると、建物の陰に入るよりも涼しく感じた経験はありませんか?実はそれ、植物の“蒸散”によるものなんです。先ほどの毛細管現象に続いてこちらも理科の授業でおなじみの単語ですね!

植物が体内の水分をコントロールするために葉の裏側の気孔という小さな穴から水蒸気を出すことを蒸散といいます。蒸散には①余分な水分を排出する②気化熱によって葉の表面温度を下げる③根からの吸水の手助けをするという大きく分けて3つの役割があります。(小学生で教わるのは前の2つでしょうか?)

今回注目してほしいのはこの3つ目の働きです。

蒸散によって、水分が葉から排出されると、葉が一時的にしおれたような状態になります。この状態のとき、植物の体内は非常に大きな負の圧力(=吸い上げる力)がかかり、根からの水を吸い上げます。

言うなれば、葉が心臓のようにポンプの働きをするというわけです。蒸散による負の圧力は非常に大きく、相対湿度が70%であるときの蒸散による水を引っ張り上げる力は30mPaにもなると言われています(信じがたいことですが、理論上は3000m以上水を吸い上げられる計算になります。)

まとめ


まず、浸透圧によって根に集められた水分と養分は根圧によって道管内に押し上げられ、毛細管現象によって道管を通って吸い上げられます。

さらに、葉の蒸散と水の凝集力によって道管内の圧力は、-1mPaにも達すると言われます。これは、大気圧の10倍以上の陰圧がかかっていることを示します。
水が吸い上げられる仕組み

つまり、今まで説明してきた4つの機構によって、植物は水を100m以上吸い上げることが可能ということです。


コラム



本当に樹木は100m以上水を吸い上げられるか?


さて、今までに樹木が水を吸い上げる仕組みについて沢山お話してきましたが、ここで少しばかり学術的なコラムを書かせていただきます。

コラムの背景


根圧・毛細管現象・凝集力・蒸散の合わせ技によって水を吸い上げるという理論凝集力説は約100年前に提唱され長らく信じられていました。

しかし、最近の研究では凝集力説は100mを超えるような背の高い樹木には適用されていないのではないかという指摘があるのです。

キャビテーションとは何か


夏は蒸散が活発になる

真夏などの、強い日差しがあって蒸散が活発に行われる環境では樹木の体内の水分が不足していると、道管内の水にかかる負の圧力は非常に大きなものになります。

水分子同士のつながり(=凝集力)が、この圧力に耐えきれなくなるとつながりが切れてしまった部分に気泡が発生します。この気泡は発生すると瞬時に拡大していき、一時的に道管内の水がなくなってしまいます。

これはキャビテーション(あるいはエンボリズム)という現象です。(減圧条件下で、水が低い温度でも沸騰するイメージです。)
structure&sapFig5

https://www2.kobe-u.ac.jp/~kurodak/structure&sap_files/structure&sap.htmlより引用

樹木の道管内で発生するキャビテーションは、健康的な樹木でも日常的に発生しています。樹木が日中に蒸散などによって道管内の水を失っても、蒸散のない夜や雨が降ったりすると道管内の水の流れは元に戻ります。

しかし、夏に雨の降らない日などが続くと、樹木内の水は減る一方です。そうして、道管の中に水のない期間が続くと、後で水をあげても、道管内の水の流れが回復しないことが研究によってわかっています。(いわゆる乾燥害と呼ばれるものはこのような仕組みによって発生していると考えられます)

背の高い木が水を吸い上げる時、水の通り道である道管には背の低い木よりもはるかに高い負の圧力がかかっています。つまり、背の高い樹木では、先ほど説明したキャビテーションがより起こりやすくなることが示唆されます。

キャビテーションが発生すると、凝集力がそこで途切れてしまうため従来の凝集力説では、キャビテーションの起こりやすい背の高い樹木が水を吸い上げられることの説明ができません。

「では、背の高い樹木がどのようにキャビテーションに対策しているのか?」


これはここ30年間でかなり研究が進んだテーマです。

背の高い樹木の貯留水


研究によると、背の高い木は太い枝や幹の部分に、貯留水があることが分かっています。北米の針葉樹や新熱帯の広葉樹の高木では,1日の蒸散量のうち最大20~25% が貯留水によって供給され,蒸散に対する貯留水の寄与は樹高の高い木ほど大きいことがオレゴン大学の研究によって明らかになりました。

また、100mを超えるような非常に背の高い木では、樹木の一番上である樹冠部分の葉がスポンジのように、貯水する機能を持つ
ことが福井県立大学の研究で分かっています。

高木の貯水機能完成版

これらの背の高い樹木は、様々な場所に貯水をすることによって、足りなくなってしまった水を補っている可能性があると現在の研究では考えられています。

まとめ


近年の研究内容を交えてお話をしてまいりましたが、高い樹木が水を吸い上げる機構に関する研究は、木のサイズが非常に大きく、データを取ることも難しい部分が多いためまだわかっていない部分も非常に多く、これからの研究による解明に期待をしたいところです


最後に


今回は非常に長い記事になってしまいましたがここまで読んでくださった皆様!本当にありがとうございました!

いかがだったでしょうか?街路樹や大きな神社の木を見る目も少し変わったのではないでしょうか?山や森で大きな木を見かけたら、ぜひこの記事を思い出して観察してみてくださいね!


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記事を書くにあたって参考にしたサイト・文献
植物がどうやって水を吸い上げるのか(関西造園土木株式会社)
https://www.kanzo.com/2018/10/15/%E6%A4%8D%E7%89%A9%E3%81%8C%E3%81%A9%E3%81%86%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%B0%B4%E3%82%92%E5%90%B8%E3%81%84%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B/
日本植物整理学会 みんなのひろば
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=656

高木の通水構造と機能
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjfs/99/2/99_74/_pdf

樹木の中の水の流れをどうとらえるか
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/21/2/21_2_62/_pdf
世界で一番高い木とは!?木が成長できる限界と”水”との関係性を紹介!
https://www.woody-ashida.com/limit-growth/

十メートルより高い木の枝に水が届くのは何故ですか?
https://jp.quora.com/%E5%8D%81%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E9%AB%98%E3%81%84%E6%9C%A8%E3%81%AE%E6%9E%9D%E3%81%AB%E6%B0%B4%E3%81%8C%E5%B1%8A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%AF%E4%BD%95%E6%95%85%E3%81%A7%E3%81%99

植物の環境に応じた水輸送調節の仕組み~アクアポリンのはたらきを探る~
https://tibe.sakura.ne.jp/Activity_log/TD12_Report.pdf

植物絶対共生菌の革新的遺伝子サイレンシング法が開く菌根共生の分子基盤
https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-26292034/26292034seika.pdf

Function and structure of leaves contributing to increasing water storage with height in the tallest Cryptomeria japonica trees of Japan
Azuma, W., Ishii, H.R., Kuroda, K. et al. Function and structure of leaves contributing to increasing water storage with height in the tallest Cryptomeria japonica trees of Japan. Trees 30, 141–152 (2016). https://doi.org/10.1007/s00468-015-1283-3

生体・生物はどのように流れを利用しているのか
https://www.nagare.or.jp/download/noauth.html?d=38-6_rensai2.pdf&dir=94

樹木の組織・構造と水分通導
https://www2.kobe-u.ac.jp/~kurodak/structure&sap_files/structure&sap.html